
相続の現場より
〜事例で知る相続問題〜
10年ほど前はまだ「相続」や「遺言」といった人生のゴールについて語ることは一般的ではありませんでした。それがいつの頃からか終活という言葉が使われるようになり、最近では相続の話をするのは当たり前のことになってきました。弁護士や税理士、司法書士といった私たち士業は仕事柄、終活、相続の場面に数多く立ち合います。ほとんどの場合は法律的なお手伝いをするにとどまりますが、中には相続が紛争の種となってしまうケースも存在します。すべての人が必ずいつの日か経験することになる相続について正しい知識を知っておくことは非常に大切なことだと言えます。
使えなかった遺言書
数年前、まだ遺言書を作成するというのが一般的ではなかった頃、取引のある会社の方から「不動産の売却を希望されているお客さまがいるのだが、名義人は既に亡くなっていて遺言書があるのでそれで手続きできるか見てほしい」との連絡がありました。
日を改めてその不動産会社で相談者Sさんと面談を行いました。持参された遺言書は手書きで書かれた自筆証書遺言でした。自筆証書遺言とは遺言者本人が自筆で内容を記載して保管しておくものです。専門家などに相談することなく作ることができるので、費用もかからない最も手軽な遺言書といえます。
しかし、手軽だからこそ落とし穴が多いのもこの遺言書の特徴と言えるかもしれません。
Sさんが持参された遺言書は、検認手続き(家庭裁判所で遺言書が遺言書としての形式的な要件を満たしているのか、偽造や改変がなされていないかを確認する手続きです)をする前にもかかわらず、すでに開封されていました。自筆証書遺言は相続人による改変などを防ぐために、裁判所での検認手続き前に開封することは禁じられています。
今回はすでに開封されてあったものの、そのことによって遺言書の効力がなくなるということではありません。では、Sさんの場合は何があったのかということですが、問題はその中身でした。一見すると遺言書の必要事項は書かれているように見えます。しかし、肝心の不動産の表記が非常に曖昧でした。